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明暗

十月 4, 2020 - Uncategorized

 然し彼の感想は其所で尽きる訳に行かなかった。彼は何処かでおやと思った。今まで前の方ばかり眺めて、此所に世の中があるのだと極めて掛った彼は、急に後を振り返らせられた。そうして自分と反対な存在を注視すべく立ち留まった。するとああああこれも人間だという心持が、今日までまだ会った事もない幽霊のようなものを見詰めているうちに起った。極めて縁の遠いものは却って縁の近いものだったという事実が彼の眼前に現われた。
 彼は其所で留まった。そうして低徊(ていかい)した。けれどもそれより先へは一歩も進まなかった。彼は彼相応の意味で、この気味の悪い手紙を了解したというまでであった。
 彼が原稿紙から烟草の灰を払い落した時、原を相手に何か話し続けていた小林はすぐ彼の方を向いた。用談を切り上げるためらしい言葉がただ一句彼の耳に響いた。
「なに大丈夫だ。そのうちどうにかなるよ、心配しないでも可いや」
               ーーー『明暗』

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